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天才の正体

天才の正体16 ≪西野亮廣エンタメ研究所 2018/3/10≫

2018/3/10 サロン内記事

※以下はオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」で過去に投稿されたそのままの原文記事です。

これは、2017年のオンラインサロンで散々議論したんだけれど、とにもかくにも、これだけ(日本トップクラスの)「やっちゃえ!やっちゃえー!」の僕が、イベントの主催だけは慎重で、とくに、イベント運営初心者の方が1000人規模の僕の講演会をやろうとすると、「やめておいた方がいい」と返している。

素人による1000人(以上)規模のイベント開催は、無免許ドライバーが一般道でF-1を運転するようなもので、ドライバー本人以外にも、協力したスタッフや、沿道に観に来た人などなど…たくさんの死者が出てしまう。

そんなとき、往々にして素人主催者さんは「挑戦」という言葉を使って、己の活動を美化するのだけれど、個人で責任がとれない挑戦は「挑戦」とは呼ばない。

僕がエンタメのことに関して発動する「やめておけ」は経験則なので、お父ちゃんやお母ちゃんが、夢を追いかけようとする息子に放つ「やめておけ」とはワケが違う。

僕は自分の講演会の開催権利をクラウドファンディングのリターンで出している。
当然、コスト設計はしていて、余計なことにコストをかけなければ、一般的なチケット代で、200人も呼べばクロが出るようにしている。

ところが、中に「せっかく西野を呼ぶのだったら!」というバイアスがかかる人がいて、どれだけ「やめた方がいい」と言っても、扱いもできない1000人~2000人規模の会場を押さえてしまう人がいる。

マズイことに、そういう人に限って、「足し算」をしがちで、僕のトーク以外に、いろんな企画や、別のゲストを複数差し込んで、イベントの満足度を下げてしまう。
ついでに言うと、集客も手放してしまう。

「そんな企画をするぐらいなら、西野の話をもっと聞かせろよ」
だったり、
「西野の出番が少なくなるのだったら、今回はパスして、また別である、西野が単独で1時間半喋るイベントに行こう」
だったり。

時間は有限(一般的なイベントなら、せいぜい2時間)なので、「足し算」は多くのものを削ってしまう。

これ、お客さん目線で考えたら、何も難しいことじゃなくて、「落合陽一さんが出ると聞いたからイベントに参加したのに、蓋を開けてみれば、落合さんの出番時間は30分で、あと1時間半は素人主催者さんによるゲームコーナーだった…。もう二度と、この人が主催するイベントには行かない」みたいなのが一番ツラいじゃない?

初めてイベントを主催するとなると、自分でも分かっていたこんな簡単な道理が綺麗サッパリ抜け落ちてしまうことがある。

これは何においても言えることだけれど、絶対に踏まえておいた方がいいのは、

「自分が出したアイデアは何も新しくない。思いついたアイデアが世の中にないのだとしたら、そこには『ない理由』がある」

ということ。
イベントの場合でいうと、ほとんどの人が試して、良い結果が出なくて、「ああ、これは辞めておいた方がいいな」とすでに捨てられたアイデアを、素人主催者さんは「誰もやっていないアイデア見つけたぁ!」みたいな感じで拾ってしまう。

これはもう知っていれば解決する問題なので、イベントをやるならイベントを勉強した方がいい。

実は今夜のイベントも少し怪しいと思っていて(講演会のリターンだが、僕のトークは45分らしい)、何度か「その規模の会場でやるのはやめた方がいい」という話をさせてもらったんだけれど、それでも止まらなくて、とはいえ、最終的な判断は主催者さんにあるので、とりあえず僕は与えられたところをキッチリとやる。

皆で勉強していきたい。

しるしをしよう!(気になる文を抜粋)

ファクト(事実に基づいた内容の文) + 気づき

・往々にして素人主催者さんは「挑戦」という言葉を使って、己の活動を美化するのだけれど、個人で責任がとれない挑戦は「挑戦」とは呼ばない。

・僕がエンタメのことに関して発動する「やめておけ」は経験則

・「せっかく西野を呼ぶのだったら!」というバイアスがかかる人がいて、どれだけ「やめた方がいい」と言っても、扱いもできない1000人~2000人規模の会場を押さえてしまう

・「足し算」をしがちで、僕のトーク以外に、いろんな企画や、別のゲストを複数差し込んで、イベントの満足度を下げてしまう。

キーワード「挑戦」・・・自己責任の範疇でってのが鉄則。

「己の活動を美化」する挑戦、それよりもっとたちが悪いのが、他人がフォローやバックアップに回ってることを知らないでやっている挑戦ですが、イベント発起人にありがちだと思います。

でも、少しフォローすると、ここは幾分かは仕方のない事だと自分は思っていて、思いが強ければ強いほどシェイクスピアの格言にある「恋は盲目」状態に陥りがちになるんですよね。好きが故に何でもしてあげたくなる。最初は相手が望む事。次第に望む望まない関係なく、「してあげたい」から「したい」に変わってたりします。

小規模な例なら学生の文化祭の実行委員等があります。
「若気の至りあるある」に感じる方も多いと思います。
あまりに無謀な恋心と過度な好奇心は良くないですね^^

では、どうしたらいいの?
そこでの指針となるものは「経験則」を持って制止してくれる方の意見を聞く。
それは無条件で受け入れた方が得策だな・・・と思いました。

「経験則」=「抑止力」

チャレンジャーというポジティブワードがあります。
チャレンジャーという響きが正義の味方や良い子のヒーローに似てます。
お察しの通りゴレンジャーです。
その○○レンジャーの如くチャレンジマントなるものを身に纏うんだと思います。
プラス思考しかなく、おそらく「やめとこうよ」といったまわりの親切な声をもネガティブであると判断して突っ走るヒーロー(笑)。
当然「足し算」しかなく、「多死算」である事に気付かない。(うまい!)
自分の満足度を上げにいくと、他人の満足度は下がる。

図解でどうぞ!^^

エッセンス(本質) + 学び

・「自分が出したアイデアは何も新しくない。思いついたアイデアが世の中にないのだとしたら、そこには『ない理由』がある」
ということ。
イベントの場合でいうと、ほとんどの人が試して、良い結果が出なくて、「ああ、これは辞めておいた方がいいな」とすでに捨てられたアイデアを、素人主催者さんは「誰もやっていないアイデア見つけたぁ!」みたいな感じで拾ってしまう。

・知っていれば解決する問題なので、イベントをやるならイベントを勉強した方がいい。

これは本当に難しいと思う。
自分の閃きは、その時の当人にとって正に珠玉のアイデアなわけですから・・・
その珠玉のアイデアをなかなか他人が捨てた愚考とは一緒にできないと思いますし、そうなってくると今までに何故「ない」のかを考えるに至らないわけですよね。

では誰が教えてあげられるのか・・・?
上述の通り、
イベントを知るにはイベントに参加したりを観たりして勉強するしかない。
実際観客として行って、不快に思った事を潰せればいいと思います。

ここで重要なのは、勉強の仕方なんですが、読むだけのマニュアルよりむしろ、実際に行ったりやったりする体験を通した勉強に勝るものはないと思います。

行動で得た学びはバッドポイントの例がリアルに浮かぶようになるので・・・

では私から例をひとつ。

例)
≪個人的に嫌だったイベントの内容≫
貸し会議室の入ったビルでの開催で、エレベーターの整理や誘導がない為に混みすぎてそのビルの別用の方に結構な迷惑をかけた事が思い浮かびます。あまりにも来ないので7階まで階段で上がる人もいました。
客として行ってる側(私を含め)が罪悪感を感じて「すみません」と何度もそのビルの利用者に謝っていました。そのことを主催者は多分まだ知らないままだと思います。

間違いなく二度とその主催者のイベントには(改善されないのであれば)行きません。

まとめ(総括)

今回は

  1. 「挑戦」の履き違え。
  2. 何事も経験則を物差しに。
  3. 学びは実体験に基づいた方が強く残る。

の3点でした^^

おしまい

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